パチンコ依存症からの回復 〜夫婦二人三脚闘病記〜

夫のパチンコ依存症が発覚。それに対応する妻の奮闘と対応、夫の心模様や回復への取り組みを、それぞれのカテゴリで綴る夫婦共同執筆ブログ。

2020年06月

妻その60 世界の変え方

昔の自分は今と全然違った。
友人に褒められても素直に喜べないというか、自分に自信がないというか…。とにかく「ありがとう」とか「嬉しい」とか思うよりも「なんでそんな風に感じるんだろう?」って疑問の方が大きかった
どこか世界と自分との間に何かしっくりくるものがないような感じがしていたし、人間関係自体も「どうせ時期がくれば終わるもの」と思っていた。心のどこかで【終わり】というものを意識していたせいか、もちろんその人たちのことは大好きなんだけど、完全に心を開いてはいかなったように思う。
 いつ頃から色々と変わってきたのかはあんまり覚えていないけど、最初(?)のスイッチのようなものが入った時のことは覚えている。その時わたしは23歳だった。
詳細は省くけど、自分の望む形にならないことが苦しかった事案についてある日突然「別にその形にならなくてもいいや」と諦めがついて、 それと同時に色んな事が急に楽になった。
この時のことを今改めて考えてみると、多分それまでのわたしは、常に何かを望んでいたのかもしれない。それがなんだったのかはよく分からないけど、その望むものが手に入らないかもしれないという恐怖が、自ら世界を遠ざけていたんじゃないだろうか。
そんな怖れのようなものが、そのスイッチで良い意味で諦められたんだと思う。 自分が望む形にならなくてもそれはそれで認めようというか、予測できないからこそ楽しめるし大切に思えるんだと考えられるようになった。
それ以来、世界と自分が仲良くなれたせいか、それなりに悩みはあるものの毎日がものすごく楽しくなった。

そのあとは、肉親を含む幾人かの別れがまた、自分にとって大きな出来事だったんだろうと思う。
中でも叔母の死がわたしにとって衝撃的なものだった。
叔母はある日いつも通りパートに出かけ、仲間と談笑している時に突然倒れて亡くなった。 
知らせを受けてすぐに母が叔母の家に行ったのだけど、 炊飯器にお米が研いであったという話を聞いて、とても悲しくなった。
叔母にとってはその日もいつも通りの日常の予定で、帰宅後お夕飯を作ろうと何か献立を考えていて、でもそれは作れなかったんだな。って…。お料理上手だった叔母は、その日何を作ろうとしていたんだろうか…。
そんなことを思うと、突然やってきた【その日】があまりにも身近で容赦がなくてとてもショックだった。死って大概そういうものだと言われればそうなんだけど、 わたしにとってはその【研いだお米】がそれを実感させられたの。
そこからまた【人はいついなくなってしまうか分からないから、後悔しないようにしよう】って思うようになった。 
例えば喧嘩したり嫌な態度とったり言ったりした相手がその直後もう会えない人になる。ってことは現実に起こり得るんだから、そうならないようにしよう。もしくはその状態のまま放置しないようにしよう。って意識するようになった。
そうは思っていてもなかなか難しいんだけど(特に対家族)、 でもそれ以前よりも人間関係が更に良好になった気がする。

そんなあれこれを経て、今現在わたしは自分と親しくしている人たちみんなが愛しい。
関わってくれて、そばにいてくれてありがとう。って感謝している。

自分が変われば世界は変わるって本当だよ!
正確には世界そのものが変わる訳ではなくて、【世界と自分の関係性が変わる】or【世界に対する体感が変わる】っていう方が近いのかも。
少なくともわたしは、昔より今の方が楽しいし、何より生きるのが楽になった

そういう【やる気スイッチ】みたいなものが現れたら、絶対に悪いことにはならないので思い切って押してみたらいいと思う。

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妻その60
 

妻その59 別れを選ばなかった一人のギャン妻・その後

最近ツイッターでの活動は割とおとなしめになりつつあるけど、毎日一応タイムラインは見ている。
そこで時々新たなギャン妻さんの存在を目にすることもあるんだけど、その度に「わかるよその気持ち…」ってリプこそはつけないけど、あの混沌と憎しみと自己憐憫の真っ只中の発覚当初の気持ちを思い出す。

パートナーがギャンブル依存症だと発覚した時、【即座に別れコースを選ぶ人】って実はあんまりいないのではないだろうか。
それにはまぁ多くの場合共依存体質であるからって理由も部分的にはあるんだろうけど、わたしの場合は「病気なら改善する見込みがあるってことだ」と思ったからだった。
それでもおおよその目安として3年くらいかかるらしいからかなり覚悟を決めてかからないとダメだとは思ったけど、でもまぁいいところがあるからこそ結婚したわけなので、その一発でアウトだとは決めきれるものではなかった。
とはいえ3年って実際経験してみたけど、結構長いよね

何度か書いているけど、最初の頃は夫が憎くてたまらなかった。
あの時もあの時もずっと嘘ついてたんだよな…。って気持ちが拭いきれなくて、一緒にいても笑えないし、楽しそうに笑われると腹が立って、「何ヘラヘラしてんだ嘘つきのくせに!」みたいに思ってたなー…。
一緒に暮らしてはいるけど信用できないし、顔色うかがってる感じ(わたしがいつも怒っているからだろうけど)もムカついたし、率先して何か提案してくることもないので、家の事のほとんどを自分一人で考えて行動しないといけない!と思っていたのでそれもまた腹が立つしで、もうどんどん負のスパイラルに巻き取られていってた。

うちの場合はその数ヶ月後に結婚式を挙げることになっていたので、その準備なんかもあるしもうキャパオーバーもいいところだったんだけど、ある時イライラしながらTo Doリストを作ってスケジュール立ててたら夫が「全部一人でやろうとするから大変なんだよ。手分けしよう」と申し出てきた。
そう言われてすぐに「お前なんかに任せられるか!!」って正直思ったけど、夫も真面目にミーティングに通っていたのでその頃には幾分マシになっていたし、実際問題絶対に一人じゃ無理だ。と思ったので、提案に乗ることにした。更には、やはり二人のことなのだから、事務的なこと以外は夫と相談しながら二人でやった方がきっといい思い出になるだろう。と方向転換することにした。結果自分の役割は減ったし、こんな問題だらけの二人でもちゃんと協力してやっていけるんだなー。ってことが分かった。

あの経験が、自分が抱え続けていた【当時の夫のイメージ】というものを捨てるのに絶好のチャンスだったんだろうと思う(※まぁこの後も色々ありますが、あくまでもきっかけって意味で
実際に経験してみて思うのだけど、双方ともに、昔の気持ちに縛られてしまっていると良い関係は築けないと思う。相手の現在をよーく見て、常にお互いの情報を更新していかないと「こんなに努力しているのに…」って悲しくなるし、最悪それで努力をやめてしまうなんてなんて事も起こり得る。
努力の結果や成果が表れるのに要する時間が違うってだけで、自分も相手も頑張ってるって事は忘れちゃいけないよね。

あれから数年経過した今現在、はっきりいって「夫を心から信用しているか?」と問われればYESとは答えられない。でも、夫への印象は確実に更新されている。
今でもまだまだ途上だなと思うけど、それでも少しずつ何か変わってきている気がする。気がするだけかもしれないけど…。

けど…でも…、気がする限りはやってみようじゃないか!


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