パチンコ依存症からの回復 〜夫婦二人三脚闘病記〜

夫のパチンコ依存症が発覚。それに対応する妻の奮闘と対応、夫の心模様や回復への取り組みを、それぞれのカテゴリで綴る夫婦共同執筆ブログ。

妻その43 疑問のある毎日

先日夫に「なんとなくで生きるんじゃないという言葉を送った。
この時夫にこれを言ったのはもうどこかに記録として残しておくのもアホらしいほどに小さな事なんだけど、でも実は「なんとなく」生きていなければ大抵の事は怒られる事無く済むのではないかと思うんだよなぁ。

幼少期母から「疑問を持ちなさい」と時々怒られていたのだけど、割と近年までこれがどういう事なのか実はよく分かっていなかった。ぼんやりとは分かるけど、身に染みていなかったという感じ。
それどころかもしかしたら、この教えが本当の意味で自分の中で生きるようになったのは、夫の依存症が発覚してからかもしれない。

「疑問を持ちなさい」の意味は、「【何故/なんのため】にやるのか考えなさい」なんだとわたしは解釈している。

わかりやすい例を挙げるとするならば……
【掃除機をかける】のは何故かというと【部屋を綺麗にする為】なので、ただスイッチを入れてヘッドを前後左右に動かしているだけでは不十分だし、下手をするとその目的すらも達成できない事もある。【部屋を綺麗にする為に掃除機をかける】を意識しないと、ただその動作をしただけになっちゃう。

夫がGAに行くといって実は行ってなかった事件からまだ2カ月。
今でも時々「本当に行ってんだろうな…」と疑ってしまうし、更には最近フェローに出なかったり、出ても割と早めに切り上げて帰ってきたりする夫を見ていると、この【何故/なんのため】が夫の中で遠いものになってきているような気がしてしまう(まぁフェローに出る事が大事ということでもないのかもしれないけど)。
回復の場に行ってるだけいいじゃないかと言われればそれはそうなんだけど、でもなんというか…他の事でも【自発性に欠ける】と感じることが多々あって、それは普通の夫婦間だったらまだ目をつぶってもいいかな。と思える事なんだろうけど、この問題を抱えたわたしたちの間でそれはあまり良いことではないんだよなぁ。

夫に限ったことではないけど、最初の目的(動機)を忘れてただ一日一日を過ごしていく先にももしかしたら同じ結果があるのかもしれないけど、多分時々思い出さないと行動の意味が迷子になってしまって苦しくなるような気がする。
【何故 GAに通っているのか】
【何故 禁パチor断パチカウントをしているのか】
【何故 パチンコ、スロットをやめないといけないのか】
etc...

自分が今やっている行動に対して【何故/なんのため】を時々思い出してみた方が背筋が伸びてまた頑張ろう!って気持ちになれるんじゃなかろうか。

そして【疑問を持つ】事は当事者サイドだけに限った事ではなくて、家族サイドもやってみた方がいいと思う。
【何故 嘘をつかれてもまだ側にいるのか】
【何故 借金を作られても見捨てないでいるのか】
【何故 回復に前向きでない当事者の見守りを続けているのか】
etc...


ただし家族サイドの場合、この問いかけの答えが「本当はこうしたいんだけど…」とか実は別に望む答えがある場合は、本当に希望している答えに辿り着く為にどうしたらいいのかを考えて動いてみた方がいいんじゃないかなぁと思う。そっちに労力を割く方が、まぁ苦しくなくはないとは思うけど、苦しさの種類が違うのではないだろうか。

ちなみにわたしは【何故夫と夫婦を続けているのか】と問われたら【本人が回復への道のりを歩んでいるのでとりあえず様子見&自分が選んだ相手なのでそれが間違いでなかったかどうかを見極める為】と答えるかな。あ、もちろん愛情もあるけど、この関係は愛情だけではやっていけないのでその点は据え置きで

【なんとなく】で生きないで、【色んな事の意味を考えながら】生きてゆく方が、多分、得る物も多くて彩りも豊なんじゃないかな。と個人的には思うのです。
とはいえ突き詰めていくと果てしないので、ほどほどに

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妻その43

妻その42 共依存

夫がこうなって生まれて初めて【パチンコ(ギャンブル)依存症】という病気があるのだと知ったわたしなのだけど、それと一緒に【共依存】という言葉も実は初めて知った。

昔は人との距離の取り方が今よりも全然へたくそで、頼られるとNOと言えなかったり、【かわいそうに見える人】に弱かったり。特に自分が好きな相手(男女問わず)にはすごく献身的になってしまって疲弊していたので、なるほどねー。と、すっかり合点がいってしまった

中でも特に世話を焼いてしまう友人がいたのだけど、彼女も今考えるとなんがしかの依存症だったと思う。多分買い物依存症と恋愛依存症だったんじゃないかなぁ…。
そして【他人との境界線】【放っておく】ということが出来る様になったのも、他でもない彼女のおかげ(?)なのだけど。

当時は彼女のことが大好きで、彼女の人生をとにかくなんとか良いものにしてやりたくて(この考えがものすごく傲慢)、色々世話を焼いては肩すかしをくらって怒ったり嫌になったりしてた。
その度に「もういいや。もう知らない!」って思うんだけど、なんだかんだと言い訳をされ、その度にじゃあ許そうってなり…その繰り返しだった。
今振り返ると、ある意味では【ものすごい相性が良く】ある意味では【最悪の相性】だな。これは。

目が覚めたのは、ちょっとした事件があり彼女のお母さんとお話する機会を持った時だった。
そこで初めて、彼女がわたしに嘘ばっかり吐いている事を知ってしまった。お母さんから聞くストーリーと、わたしが知るストーリーが全然違う。【彼女には一切非が無いバージョン】になっていた。
知らない間にわたしは彼女が好き放題やる片棒を担いでいたのだと知ってすごくショックだったし、彼女のお母さんにとっても申し訳ない気持ちになった。それ以上に、【年賀状か何かでわたしの住所を調べ、切迫しているというのに手土産にお菓子を持ってわたしの家に突然やってきた】ということが、なんていうか…お母さんがその道中どんな気持ちだったかを想像すると、泣きそうになった。

そこからかな。
物事には自分が知らない側面があることを改めて知り、他人の人生には自分は手が出せないと気付き、愛情のあるなしは関係なく、何かを選択出来るのは本人だけだ、ということが分かる様になったのは。

ちゃんと彼女には直接会って話したけど、最初はしんどかった。自分の気持ち(欲求)を無視するのは辛かったなぁ…。
でも断言するけど、そんなもんある程度頑張れば慣れるんだよね
そもそも自分の人生の全てがその子だった訳でもないし、他にもたくさんやることや考える事があるんだから、あっという間にどうでも良くなるんだよ。そしてすっごく楽になった
彼女との楽しい時間がなくなってしまったのは悲しかったけど、ずっと一緒に居られる訳でもないしね。楽しかった思い出だけで充分。

とはいっても元々がそういう素質があるもので、うまくいかない時もあるのだけれど
でも、【最初は辛くてもそのうち慣れる】という経験があるから多分大丈夫だと思う。なんでもそうなんだろうけど。
今でもやっぱり頼られると弱いといえば弱いんだけど、その対象が「どうにかしようと頑張ってる人には、力になれるように頑張る」というスタンスが取れるようにはなったし、「あ、これはひどい事になるな」という予測が出来る能力(すごく便利)が身に付いたので事前回避が出来るようになったのはとっても良かった

そんな経験があるので、今わたしが夫の回復の手助けというか見守りを続けているのは、夫が「回復しよう」という意思があるからであって、それがなくなったらもう手は出さないしわたしはわたしの人生に戻ろう。と決めている。
そんな日が来るまでは(来ないでくれると嬉しいけど)今までの経験を忘れずに、夫の回復の妨げにならないようにうまいこと立ち回って行けるよう日々頑張ろうと思う。

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妻その42

妻その41 依存症とうつ病

わたしの周りには【うつ病】と診断された人が割といる。
そういう人たちからは、「めちゃくちゃ仕事が忙しい(かった)」という意見を多く聞く。
大体みんな、とっても責任感が強くて真面目で仕事熱心で、割と共通しているのは理由は違えど「意見や文句を言えない」っていうのもよく聞くかなぁ。「言えない」というか、「言っても仕方なくて、とにかく耐えるしかない」という感じ。
あとは「自分が悪い」って、色んな事を自分のせいにしてしまう人も。
そういう【心の負荷】が積もり積もって、うつ病を発症してしまうらしい。

Twitterでもよく見かけるけど、ギャンブル依存症と一緒に【うつ病】を発症している方が結構いるなぁ。と思う。
気になってちょっと調べてみたけど、やっぱりそういうケースは珍しくないというかよくあるみたいで、でもよくよく考えれば何も不思議なことじゃないな。とも思う。

と、ここでお断りしておきますが、わたしは専門家でもなんでもないので、あくまで個人の経験や意見なのでそこを踏まえていただいた上で続きを。

軽くネットで調べただけなので正確なところはよくわからないけど興味深いなと思ったのは、同じ依存症でもアルコールは【うつ病からのアルコール依存症】なのに対して、ギャンブルは【ギャンブル依存症からのうつ病】なのだそうだ。
でもこの流れはとっても頷ける。ある意味自然というか…。
気分の落ち込みを紛らわせる為にお酒を飲む頻度が増えて、結果アルコール依存症になってしまう。
片やギャンブル依存症は、ギャンブルがやめられない焦り、お金への不安、勝ち負けによる感情のジェットコースター、絶望感などなど…。といったように負荷しかないんだから、うつ病になるのは全然不思議じゃない。

うつ病の治療は投薬と、あとはストレスの原因を取り除く、距離を置くことが大事らしい。
仕事が原因だった場合は、休職や転職、部署替えを希望するなどで対応するんだろうけど、言わずもがな、ギャンブル依存症からうつ病になった場合は当然ギャンブルをやめることがマストだよね。
どっちか片一方の治療だけではダメで、どっちも並行して治療しないといけないっていうのも、その仕組みを考えれば当然だな〜〜。と納得できる。というか、原因がハッキリしているんだから、そこに何かしらの対策を取らないと意味ないもんね。

実際夫も最初【うつと正常の狭間】だと診断されていたけど、あの日以来今日までパチンコ・スロットからは距離を置いていて、その間に回復施設に通い少しずつ借金も減っているせいか、あの頃とは顔つきも雰囲気も変わった。
まぁお医者からも「別にお薬はいらないと思うよ。リラックスできるハーブティーくらいで大丈夫だよ」って言われるくらいの状態だったのでそちらの回復も早かったんだろうけど。

病気の場合に限らず、【現状は全て自分が作り出したもの】だと思うので、現状に不満があるならまずは自分が変わるのが一番手っ取り早いと思う。
始めの一歩として、必要だと感じたら専門家を含め誰かに助けを求める事に挑戦してみてはいかがでしょうか。

ちなみに冒頭で触れた友人たちですが、やはり真面目にお医者に通いお薬を飲み続けている(た)人は「ちゃんと治したな!」って思うけど、負荷から離れただけで投薬も通院もやめちゃった人は、また別の負荷がかかった時にやっぱりちょっと「あれれ?」って感じになっちゃう…。
体の病気と同じく、自分で判断するのは良くないね!

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妻その41

夫その26 人との繋がり

どうもどうも。
今回はまたしてもアンケートでいただいたテーマ『新しく繋がるビギナーさんへの思い』について書いてみようと思います。

初めてGAに来る場合「家族に言われて来た」というケースが多いので、【すでに借金を抱えている人】というイメージがあります。
死にそうな顔してる人がほとんど。
明るい顔ではまず来ない。

当然ですよね。
だって、どうにもならなくなった人しかこないものね。
新しく来た人に対して思うこと…。
「気の毒に」「大変だね」
こう思わない事もないですが、その人たちに対しての思いというよりはまずは自分のことを思います。

自分も最初はこうだった
あの時こう考えてたな

初心に帰ると言いますか、最初の頃を思い出します。
そうするとあのときの感情が復活してくる気がするのです。
新しい人がくると初心に帰れるということが、自分にとってはすごく大事なことなのです。

新しい人が来る=自分のためになる。
こう感じるのは多分自分だけじゃないような気がします。
新しい人に限った事ではないですが、人の話を聞くことで我が身を省みることが出来るので、なるべく多くの人から話を聞く機会を持ちたいですね。

「一緒に頑張ろう!」というスタンスよりも、 そういった【人との繋がり】の中で自然と「気付いたらみんな一緒にやめられてるね!」
っていうのがいいのかなぁと思ってます。

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夫その26

妻その40 10分の1だったなら

先日夫と話して新たに「なるほどね」と思ったことがある。

「夫その23 昔話 〜ギャンブルは楽しかったのか?〜」に書いてあるような話が、ある日のミーティングでテーマとして取り上げられたそうで。
大体みんな上記の夫と同じ様な事を感じているらしく、
最初は遊戯として楽しんでいたけど、「お金」だけが目的になった途端に楽しくなくなる。というのは割と大多数の意見なんじゃないか。という事だった。

「レートが10分の1(0.4円)になれば、依存症者は今の100分の1になるんじゃないか」
と夫が続けてきたので、どういうことなのか詳しく聞いてみた。

夫曰く
「4円で2万枚(玉?)出すと8万円になるけど、0.4円だと8千円にしかならない。勝って気分がいい筈なのに、なんかガッカリしてしまう。それは8万円になるって知ってしまっているからだと思う。」
だそうで。
「大勝ち=多額のお金が手に入った」という記憶が邪魔をしてしまうんだ。それがなければ依存症者の数は100分の1に減ると思う。という考えに続くのだと。

それを踏まえて、
遊戯性を楽しんでいるなら低レートで安く長く遊べた方が絶対にいい訳で、それでは「楽しくない」と思ってしまった時点でもう、借金があろうがなかろうが、依存症の境界線を越えたってことなんじゃないかねえ?
という事で意見がまとまった。
あくまで【娯楽・遊戯】だというなら、カラオケや居酒屋なんかは絶対的にある程度の「安さ」が嬉しいし、それを基準にお店を選ぶもんね。
一番いいのは換金できなくなることなんじゃないかと思うけど。

夫が回復の場に行く様になった初期の頃、何か変わったかな。と思って質問してみた際に
「2〜3千円使って4〜5千円になればいいかな」という答えが返ってきて落胆したのを覚えている。
なんで2〜3千円で遊べばいいかな。にならないんだろう??って疑問だった。【お金を増やせる】って考えがそこにある以上、まだまだなんだな〜…。って思ったけど、まぁ今考えればそんな即効性がある訳じゃないのでその受け応えは当然なんだけど。
【増えた記憶】【換金できる】という経験が、そういう考えを生んでたんだなと思うと、今回の夫の言う事にはとっても納得できるな。
(その後、依存症になってしまったからには低レートだろうがなんだろうが二度と出来ないのだと認めないといけない。ということに気付くんだけど)

前回では家族側から見た【警戒すべき境界線】だったけど、当事者側はここなのかな。と。
まぁ気付いたからといって引き返すかどうかはわからないけど、ここで一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれないよね。
たったそれだけで、もしかしたら自らの人生を破壊することになるかもしれなかったり、大切な人に迷惑をかけたり悲しませたりする事が防げるかもしれないんだから。

ちなみに、今の夫はどうかと言うと、本当のところはわからないけど「増えないっていうのはわかってる」という答えが返ってくるようになった。
【勝って楽しかった】ということよりも【負けて悔しかった。絶望感を味わった】という記憶の方が大きいようなので、まぁ今のところは大丈夫かな。
と思う。

もう二度とパチンコ・パチスロは出来ない。という事に対しては、今は多分寂しさやつまらなさを感じてるんだろうなと思うけど、年数とともにその【勝ちの記憶】がどんどん薄れていくのと同じく、その気持ちも薄れていってくれればいいなと思う。

人生の中で「楽しかった思い出」が、どんどん更新されていくように日々を送っていきたいな

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