パチンコ依存症からの回復 〜夫婦二人三脚闘病記〜

夫のパチンコ依存症が発覚。それに対応する妻の奮闘と対応、夫の心模様や回復への取り組みを、それぞれのカテゴリで綴る夫婦共同執筆ブログ。

夫その34 素直

正直に生きるとか素直になるとか、そういうことが大事だと言われます。
でも自分に正直に生きることは好き放題に生きることとは違います。
嫌なことでも必要があればやらないといけないし、
好きなことでも絶対に無駄になるならやらないほうがいいこともある。

自分に素直になった結果、好きにやってます。
ということにならないようにすることがとても大事なんだと思います。

思えば仕事人間の自分は、仕事では絶対にそんなことにはならない自信がある。
嫌なことでも必要があればどんなことでもやるし、
普段の生活とは逆の考えをしていることが多い。

仕事では簡単にできるのに生活ではできない。
それはなぜか。
なんとなくだけど
「目に見えるメリット(報酬)がない、少ない」からのような気がする。
仕事だと給料もらってるからと思えるけど、普段の生活では報酬(お金)なんてないからね。
お金とか物とか、利益みたいなもの以外の得られるものを見てないからそう考えるのかなと。
物じゃなく感謝とかの気持ちとか、そういうことが大事なのにね。

そこに気づいて行動できれば何かが変わっていく気がする。
自然にできるようになる日がくるのかどうか。
生き辛さが消えていくのに必要なことですね。


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 夫その34

妻その56 共依存にも底つきがある説

お久しぶりです。妻です。

少し前にふと思ったのでTwitterで表題について軽くつぶやいたのだけど、これをもう少し掘り下げてみようかな。なんて思ったので久々に記事書こうかなー。と。

前回からの流れなんだけど、今まったく心がざわつく事がなくなった。
理由としては、住宅購入に伴いお金の問題がほぼ片づいたことと、差し当たりもう引っ越しを考えなくて良くなった事など、先々の不安項目が少し減った事が大きいでしょう。
これまでがてんこ盛りだったからなー…

紆余曲折を経て、決して楽ではなかったものの人生の希望を叶えたということが、おそらくはわたしにとっての【底つき】に繋がったのではなかろうか。

もちろんここまでの間に相当やらせてもらったっていうのも大きいと思う。

わたしが夫にしてきたことは、この関係性でいうなればタブーばかりだったというのは自覚している。
でも、その時はそれをやらないと気が済まなかったのよね。
あの時それらを誰かしらの反対意見をのんで実行していなかったら…
もしもの話だから断言はできないが、わたしの場合は思った通りに実行させてもらえたことで実体験として色々勉強になったし、やって良かったと思う。

やり散らかしてやり尽くして、失敗したり、アプローチを変えてみたり諦めたり…とにかく全てを自分で考えて行動して経験して、おそらくは大きな部分では完全燃焼したのでしょう。

ここに関しては、色々な感情がありながらもわたしのやりたいようにやらせてくれた夫には本当に感謝している

ゴールが同じならば、ルートは一つじゃなくていい。というのはかねてから思っているのだけど、それぞれの性格や本来の資質的なものによって【どの方法が楽か】っていうのは選べて良いと思う。
どんな事にしろ、ある程度の無理や努力は絶対にしないといけないものだろうけど、その際、
【自分はどっちの方向(もちろんとんちんかんじゃない)への無理や努力】が出来るのか?
を知っておくことが大切なんだろう。

何にも考えられないくらいに苦しいときはまず何かを参考にするのは良いのだろうけど、そこから先できっと一番やっちゃいけないのは【思考を放棄する事】だと思う。
思考を放棄してしまうと【納得してないのにやらされてる感】が出てきてしまうので、身につかないってケースに繋がっていったり、その行動自体に過度な期待を抱いてしまったりするのではないかなぁ。
期待が大きいほどその方法が失敗してしまったときに腐った感情がわき上がるし、その度に再び何か別の「苦しい」が生まれてしまうからしんどいよね。
自分で考えて行動して失敗してもそれは自己責任だから、自分が反省すれば済むだけなので楽。

せめて【自分に合った方法を選ぶ】っていうことだけはサボらない方がいいんじゃないかな。
どんな方法をとるにしても、時々は立ち止まって、じっくり「これで大丈夫?」って自問自答してみるときっと大丈夫な方向に進めるようになるんじゃないのかな。

こういうことの繰り返しが、結果的には良い方向に進むための道しるべになるのだとわたしは思ってる。

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妻その56

妻その55 第二チェックポイント通過と「手放す」ということの意味

もんのすごい放置しておりましたが、皆様お元気でしょうか?

Twitterで関わってくださっている方々には知らせていますが、今年の3月に無事に家(中古マンションだけど)の購入に成功しました

振り返ると、昨年の夏頃に
「あれ?これ、もしかしたら値段によってはローン通るかも?」
ってくらいには夫名義の残債が減っていたのでチャレンジを開始したものの、探し始めた途端に夫が鬱になり一ヶ月の休職。さらには「ここがいい!!!」と思った物件が出てきたけどやや価格が高かった為決断できず見送り(ここに関しては仕方ないと諦めたけど、未だにちょっと心残りではある)。
思えば半年くらい、2週間に一回くらいのペースでどこかしらの物件を見ていた気がする。
結構大変といえば大変だったんだろうけど、その前の「山」の高さに比べればどうということはないw
そして今年に入って今の部屋を見つけたんだけど、ここが価格が安いのにフルリノベーションという不動産屋さんもビックリの超出物で、ほぼ即決だった。

この【家を買う】というのは【結婚式を挙げる】の後の第二チェックポイントに設定していて(少なくともわたしには)、これが達成できたことにものすごい充足感を感じているなうです。

この【人生のチェックポイント】2つを通過した今、もうこれといった悩みが思い当たらない。
はっきり言って、満たされているのです。

もちろん返済や将来の事を思えば、仕事についてや資格取得についてなど色々と考えないといけなかったり行動しないといけなかったりはするんだけど、今までと違って「どうにかしなければ」という追いかけられているような焦燥感や、怒りや悲しみが原動力ではないので、すごく前向きに頑張れる。

そして、自分に余裕が生まれたせいか、夫に対しての見方や考え方も変わった。

以前はやっぱりスリップが怖かったんだけど、今はもう正直言ってどうでもいいの。
最悪を防ぐ為の対策は油断せずに続けていかないといけないとは思うけど、夫が自分のお小遣いをどう使ってそれによりどうなろうが、わたしに水しぶきがかからなければ別にいいや。と思えるようになった。
夫は2年近くノンスリップで、真面目にミーティングにも通っているのだから、スリップして経済的にも心情的にも辛い思いをするのは本人なのだし。わたしからは「残念だったね」としか言えないだろうな。
まぁ実際に起こった時にどう思うかは分からないけど、今から考えることではないよね。

よく「手放す」とか「相手の問題」ってのは見聞きするけど、わたしにとっては今のこの状態がそれを指してるんじゃないかな?と思う。
家計を共にしている以上は相手側への希望や要望というものは絶対になくならないものだと思うのだけど、その動機に少しでも【怯え】【怒り・戒め】が含まれているうちは「相手の行動に囚われている」ということなんでしょうね。
今はもう強がりでも言い訳でもなんでもなく「100%自分のため」と言える。
わたしは、ようやく手にしたこの家も、この家での生活にも大変満足している

色々あきらめなくて良かった!

そんな訳でいよいよネタも枯れて来た訳ですが、思いついたことがあったらまたちょこちょこ書きます。

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妻その55

妻その54 ギャン妻として思うこと

気が付けばブログの更新を怠っている間に2019年になってしまっていた…
2018年のうちに振り返りができなかったので、これからそんなようなことをやります。

2017年の初夏にギャン妻デビューしたので今年の夏で3年生に進級するということだ。
振り返ると、最初の頃はとにかく知識を求めてあれこれ忙しかったなぁ。手探りで、初めて&突然訪れた状況を理解し立て直して行く為に、控えめに言ってももーーーーーんのすごく大変だった。

今思うと、当初わたしが夫に対してしてきたことはタブーだらけだったね。ははははは。
その時はそれがベストだと思っていたので悔いてはいないけど、夫はしんどかったろうなぁ。とは思う。でもまぁ何度か書いているけど、それも【一般的には】ということだと思うので、ケースバイケースで対応するのだって間違いとはいえないんじゃなかろうか。

色々情報収集していて思うんだけど、目にする対応方法の多くは【依存症者側への対応】であって、こちら側に寄り添った対応方法ってあんまり目にしないよなー。っていうのはかねがね気になっていた。
やっちゃダメ!って事も、家計や生活を共にしている場合は「じゃあどうしたらいいの?」って疑問を持つ人も実はかなり多いんじゃないのかなぁ。そういった点でも、ギャン妻たちには救いが少ないような気がする。

Twitterで依存症者側とも家族側とも交流しているけど、発覚直後の妻たちの苦悩は痛い程わかる。
人生の伴侶にと決めた人が自分を欺いて己の事ばかり考えて思いやりがなくなっていくのを間近に見て感じないといけないっていうのは、それはそれはショックなんだよね。大抵の場合経済的にも決して楽観できない損害がついてくるので、ほんと「どうしたらいいのかわからない。ていうかどうしよう!」っていうのが素直な気持ちだよね。そしてそれは前ぶれなく突然起こるのだし、パニック以外の何者でもない。
そんな苦悩の渦中にいる時には、アドバイスより先にその気持ちに寄り添ってあげたいと思っている。もちろん本当に行く先が見えない状態で「こっちに行けば大丈夫だよ」って示されると、「ああ、そうなのか。」って安心する人もいるかもしれないけど、少なくともわたしはまずは寄り添って欲しかったから。
個人的に一番やって欲しくないのは「共依存だからですよ」って伝えること。それはもっと後でいいというかそんなの多分本人だってわかってると思うし。いちいち第三者が言う事じゃない。
実際確かにそういう性質の人が多いんだろうけど、それ言われたらただでさえ苦しいのに「自分が悪いのか」って思ってしうまう人も少なくないだろうし。それに【依存症の人の側にいる人は高確率で共依存】ってフォーマットありきで話を進めていくのもちょっと良くないんじゃないかなー。とも思ってる。そもそもそういう関係性じゃない場合だってあるんだろうし、対応方法が同じだったとしてもその動機や考え方が違っている場合だってあるんだから、全てをそこに当てはめて考えてしまうのは「こういう症状だからこの病気です!」って、精密検査する前に決めつけちゃうようなものだと思う。あくまで【高確率】であって【絶対にそう】じゃないんだから。
でもね、この間ツイートしてギャン妻の方々から賛同していただいたのだけど、むしろ私たちがそういう性質だったことにまず感謝してくれてもいいんじゃないかなー。 だってそうじゃなかったら「支える」なんて選択肢なく、離婚まっしぐらコースしか残ってないんだから。そしたら借金も病気からの回復も全部 一人でやらないといけなくなるかもしれなかったんだよ?
それを想像してみて欲しい。やり方が間違っていようが憎みながらだろうが、一人でその荷を背負わせなかったんだからさ。いやそれどころか初期の初期はほとんどわたしたちが一人で持ってたと言ってもいいと思うね。

女性は強い生き物だとわたしも思うし世の中的にもよく耳にするから、そのうち自力で立ち上がれるんだと思うんだ。そしてその日の為に、自分にとってベストな方法や道を探す苦しみを味わう時間はあった方がいいと思う。最初に言ったようにケースバイケースなので、基本があった上でそこから試行錯誤してカスタマイズする時間は必要だよね。つまるところその関係独自の対応方法を発明しないといけないのだから、失敗だってあって当たり前なんだよ。
実際わたしはギャマノンには何度か行ったけど今はもう全然行ってない。全てを話せる家族や数名の友人がいたからっていうのもあるんだろうけど、とにかくそこに頼らなくても大丈夫だった。つい最近まで「なんであたしがこんな目に遭わないといけないんだ」って考えがあったし、夫への抑えようのない忌々しさとか怒りとか憎しみとかそういったものをずっと抱えて、それを時には夫にぶつけたし我慢しようとしてもめちゃくちゃ態度に出ていて夫にものすごいストレスを与えてた。一度はもうダメだ。というところまで行ったけど、そこまでいってやっと冷静に自分を見つめる事ができた。
自分の対応のまずかったところとか、我慢し過ぎた故に腐っていった感情とかそういった色んなものを認識して改善していこうと思ってるし、お金の事も(うちは幸いそこまで金額が大きくなかったということもあるけど)「もういいや」って思えるようになった。まぁそうはいっても今後も「あの時のお金が今あればなぁ…」っていうのは考えちゃうだろうけど、それにこだわる訳ではないんだから、考えちゃうくらいはわたしの自由だからまぁいいじゃん。

とにかく言いたいのは、みんなは悪くないよってこと。
よく見聞きする【相手の問題】っていうのは、【相手が病気になったのは相手の問題で、その原因や責任はわたしたちの側にはありませんよ】なのだと、わたしは解釈している。
そして【こちら側の問題】っていうのは、【どうやったら自分にとってベストな方法・道を選べるか】を考えることだと思う。

ギャンブル依存症者が一生そうであるように、その側にいる以上わたしも一生ギャン妻なので、ゆっくり色々考えていけばいいと思ってる

ついでに言うと、病気になった方も悪くないと思ってるよ。
ただ、【病気であること】を都合良く使ったり言い訳にするのはダメだけどね

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妻その54

妻その53 自由とは? 〜お金の使い方にみる回復度合い〜

このブログを開始した頃に夫が書いた記事に「自由」というワードがちょこちょこ出てきたような記憶があるのだけど、果たして自由ってなんのこと言ってるのかなぁ?と、その頃からずっと気になっていた。多分時間的な意味や行動についてもあるんだろうけど、突き詰めて考えると【自由に使えるお金】に制限がかかった。って意味が大きいんじゃないかと思う。
まぁそもそもは結婚してお小遣い制になった時点で始まってるんだけど、あの日以来それもさらに厳しくなった訳なので、よりそう思ってるんじゃないのかと。

とはいえわたしも最近夫のお小遣い帳を再びつける事になり、財布内とExcelの残金が合っているかを確認していた際に、実は結構胸が痛かった。
もしもわたしが夫だったら…自業自得とはいえ、充分な現金を持ち歩いていない事で色々苦労したり、時にはみじめな思いをしてるんじゃないのかな…と考えると、夫の財布にお金を戻してあげたいな。と思ったりもする。

でも、どんなにそう思っても、今はまだ戻せないけど。

わたしは、自由というものは、信用や信頼がないと得られないものだと思うので、残念ながら夫への信用度がまだまだである以上は、前述したようにお財布にお金を戻す。なんてことは出来ないのだ。

夫のお金の使い方を見ていると、予算内で計画的に使う事ができてないように思う。とりあえず使ってしまって、その後の残金で生きながらえる。というイメージ。これこそがまだまだ油断できないなぁ…と思わせる理由だったりする。
わたしの個人的な考えだけど、【先を見越して計画的にお金を使えるようになる】っていうのは、かなりギャンブラーの考えから離れているってことだと思うから(お金が足りなくなってもギャンブルで増えるから大丈夫!っていう幻想が通常の思考だった訳なので)、これが出来るかどうかっていうのは、一つの目安と考えてもいいんじゃないかと思う。

夫はあれ以来一度もスリップしてないんだけど、本人曰く元々衝動がある訳ではないそうなので、そこには実は根拠がない。まぁ、現金持ってないから。っていうのが一番の理由なのかな。と思うけど。
回復初期はとにかく打たない行かない。ということが第一で、それを日常にするのが大事なのだろうけど、ある程度達成できたらいよいよ根本的な問題に取り組む。というステージに進むのが良いのではないかと思う。

ここで突然ですが喩え話。

ある日庭にモグラが住みつき穴があくようになった。それをただ埋め戻すだけだと永遠にその現象は止まらない。仮にしばらく穴があかなくなったとしても、その理由を【モグラ】側に委ねていては本当の意味で安心なんて出来ない。そのために【根本的な解決】に乗り出した方がより確実なので、まずはモグラというものを知り、自分の庭の環境なども判断材料にしながら、多々ある方法の中から最適なものを選び出して実行すれば、庭に穴はあかなくなる。

…と、こう考えてみると、わかりやすいような気がする。
※誤解のないようように一応説明すると、ここでいう【根本的な解決】をするのはわたしではなく夫です。モグラも、庭も、穴も、全て夫の中の事です。応用する場合には、全てわたしが取り組む事として置き換えます。

この方法がわたしはやっぱりステップなのかなぁ。と思うけど、夫はどうもステップに進む事に対して恐怖心があるようなので(この気持ちはとってもよくわかる)、せっかくカウンセリングも受けてるんだから、ステップ以外で同等の効果がある方法はないか聞いてみたら?とアドバイスしてみた。
わたしとしても結果が同じならば方法はどうでもいいと思っているので、夫が安心して取り組めるならそっちの方がいいな。

夫のお小遣いの話に戻るけど、なるべく双方がストレスを感じない方法はないものか…と思案した結果、お小遣いの一部をLINEペイカードにしてみた。こうすれば会社帰りに自分の日用品を買ったり、ちょっとしたお使いを頼む事もできるからわたしも楽だし(立て替え分は、カードにチャージか現金支給か選べる様にしてる)、何かを買いたくても現金がないから出来なかった。という夫のストレスも少しは軽減できるんじゃないかな。と思ったのだけど、果たして夫側は効果を感じているかどうか…。

まぁお金の話はあくまで一例で、つまりは【先の事(将来)を考えた選択や行動できるようになる】っていうのが大事なのかな。
その日が早く来て欲しいな。と正直願うけど、お互いに出来る事からコツコツやっていけばそのうち「あれ?出来てるじゃん!」ってなるのだろうから、そのくらいの気持ちで、気楽に臨機応変に努力していければいいのかな。と思う。

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妻その53

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