パチンコ依存症からの回復 〜夫婦二人三脚闘病記〜

夫のパチンコ依存症が発覚。それに対応する妻の奮闘と対応、夫の心模様や回復への取り組みを、それぞれのカテゴリで綴る夫婦共同執筆ブログ。

妻その60 世界の変え方

昔の自分は今と全然違った。
友人に褒められても素直に喜べないというか、自分に自信がないというか…。とにかく「ありがとう」とか「嬉しい」とか思うよりも「なんでそんな風に感じるんだろう?」って疑問の方が大きかった
どこか世界と自分との間に何かしっくりくるものがないような感じがしていたし、人間関係自体も「どうせ時期がくれば終わるもの」と思っていた。心のどこかで【終わり】というものを意識していたせいか、もちろんその人たちのことは大好きなんだけど、完全に心を開いてはいかなったように思う。
 いつ頃から色々と変わってきたのかはあんまり覚えていないけど、最初(?)のスイッチのようなものが入った時のことは覚えている。その時わたしは23歳だった。
詳細は省くけど、自分の望む形にならないことが苦しかった事案についてある日突然「別にその形にならなくてもいいや」と諦めがついて、 それと同時に色んな事が急に楽になった。
この時のことを今改めて考えてみると、多分それまでのわたしは、常に何かを望んでいたのかもしれない。それがなんだったのかはよく分からないけど、その望むものが手に入らないかもしれないという恐怖が、自ら世界を遠ざけていたんじゃないだろうか。
そんな怖れのようなものが、そのスイッチで良い意味で諦められたんだと思う。 自分が望む形にならなくてもそれはそれで認めようというか、予測できないからこそ楽しめるし大切に思えるんだと考えられるようになった。
それ以来、世界と自分が仲良くなれたせいか、それなりに悩みはあるものの毎日がものすごく楽しくなった。

そのあとは、肉親を含む幾人かの別れがまた、自分にとって大きな出来事だったんだろうと思う。
中でも叔母の死がわたしにとって衝撃的なものだった。
叔母はある日いつも通りパートに出かけ、仲間と談笑している時に突然倒れて亡くなった。 
知らせを受けてすぐに母が叔母の家に行ったのだけど、 炊飯器にお米が研いであったという話を聞いて、とても悲しくなった。
叔母にとってはその日もいつも通りの日常の予定で、帰宅後お夕飯を作ろうと何か献立を考えていて、でもそれは作れなかったんだな。って…。お料理上手だった叔母は、その日何を作ろうとしていたんだろうか…。
そんなことを思うと、突然やってきた【その日】があまりにも身近で容赦がなくてとてもショックだった。死って大概そういうものだと言われればそうなんだけど、 わたしにとってはその【研いだお米】がそれを実感させられたの。
そこからまた【人はいついなくなってしまうか分からないから、後悔しないようにしよう】って思うようになった。 
例えば喧嘩したり嫌な態度とったり言ったりした相手がその直後もう会えない人になる。ってことは現実に起こり得るんだから、そうならないようにしよう。もしくはその状態のまま放置しないようにしよう。って意識するようになった。
そうは思っていてもなかなか難しいんだけど(特に対家族)、 でもそれ以前よりも人間関係が更に良好になった気がする。

そんなあれこれを経て、今現在わたしは自分と親しくしている人たちみんなが愛しい。
関わってくれて、そばにいてくれてありがとう。って感謝している。

自分が変われば世界は変わるって本当だよ!
正確には世界そのものが変わる訳ではなくて、【世界と自分の関係性が変わる】or【世界に対する体感が変わる】っていう方が近いのかも。
少なくともわたしは、昔より今の方が楽しいし、何より生きるのが楽になった

そういう【やる気スイッチ】みたいなものが現れたら、絶対に悪いことにはならないので思い切って押してみたらいいと思う。

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妻その60
 

妻その59 別れを選ばなかった一人のギャン妻・その後

最近ツイッターでの活動は割とおとなしめになりつつあるけど、毎日一応タイムラインは見ている。
そこで時々新たなギャン妻さんの存在を目にすることもあるんだけど、その度に「わかるよその気持ち…」ってリプこそはつけないけど、あの混沌と憎しみと自己憐憫の真っ只中の発覚当初の気持ちを思い出す。

パートナーがギャンブル依存症だと発覚した時、【即座に別れコースを選ぶ人】って実はあんまりいないのではないだろうか。
それにはまぁ多くの場合共依存体質であるからって理由も部分的にはあるんだろうけど、わたしの場合は「病気なら改善する見込みがあるってことだ」と思ったからだった。
それでもおおよその目安として3年くらいかかるらしいからかなり覚悟を決めてかからないとダメだとは思ったけど、でもまぁいいところがあるからこそ結婚したわけなので、その一発でアウトだとは決めきれるものではなかった。
とはいえ3年って実際経験してみたけど、結構長いよね

何度か書いているけど、最初の頃は夫が憎くてたまらなかった。
あの時もあの時もずっと嘘ついてたんだよな…。って気持ちが拭いきれなくて、一緒にいても笑えないし、楽しそうに笑われると腹が立って、「何ヘラヘラしてんだ嘘つきのくせに!」みたいに思ってたなー…。
一緒に暮らしてはいるけど信用できないし、顔色うかがってる感じ(わたしがいつも怒っているからだろうけど)もムカついたし、率先して何か提案してくることもないので、家の事のほとんどを自分一人で考えて行動しないといけない!と思っていたのでそれもまた腹が立つしで、もうどんどん負のスパイラルに巻き取られていってた。

うちの場合はその数ヶ月後に結婚式を挙げることになっていたので、その準備なんかもあるしもうキャパオーバーもいいところだったんだけど、ある時イライラしながらTo Doリストを作ってスケジュール立ててたら夫が「全部一人でやろうとするから大変なんだよ。手分けしよう」と申し出てきた。
そう言われてすぐに「お前なんかに任せられるか!!」って正直思ったけど、夫も真面目にミーティングに通っていたのでその頃には幾分マシになっていたし、実際問題絶対に一人じゃ無理だ。と思ったので、提案に乗ることにした。更には、やはり二人のことなのだから、事務的なこと以外は夫と相談しながら二人でやった方がきっといい思い出になるだろう。と方向転換することにした。結果自分の役割は減ったし、こんな問題だらけの二人でもちゃんと協力してやっていけるんだなー。ってことが分かった。

あの経験が、自分が抱え続けていた【当時の夫のイメージ】というものを捨てるのに絶好のチャンスだったんだろうと思う(※まぁこの後も色々ありますが、あくまでもきっかけって意味で
実際に経験してみて思うのだけど、双方ともに、昔の気持ちに縛られてしまっていると良い関係は築けないと思う。相手の現在をよーく見て、常にお互いの情報を更新していかないと「こんなに努力しているのに…」って悲しくなるし、最悪それで努力をやめてしまうなんてなんて事も起こり得る。
努力の結果や成果が表れるのに要する時間が違うってだけで、自分も相手も頑張ってるって事は忘れちゃいけないよね。

あれから数年経過した今現在、はっきりいって「夫を心から信用しているか?」と問われればYESとは答えられない。でも、夫への印象は確実に更新されている。
今でもまだまだ途上だなと思うけど、それでも少しずつ何か変わってきている気がする。気がするだけかもしれないけど…。

けど…でも…、気がする限りはやってみようじゃないか!


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妻その59
 

妻その58 「嫌なやつ」ってどんなやつ?

前回の続き的な内容になるけど、夫がミーティングに行かないでいるとなってしまう「嫌なやつ」について掘り下げます。

人は、極端に【謙虚さ、素直さ、思いやりや配慮】が損なわれている状態の時に、いわゆる「嫌な感じ…」という印象を与えるのだと思う。
夫の最新記事「夫その34 素直」だけど、これはわたしから見て夫の状態がとても良かった時に書いたものなのだが、今、これを書いたのが本当に同一人物なのか??ってくらいかけ離れていると感じる。
良い状態の時の夫には、例えば「こういうのやめてほしい」とか「気をつけてほしい」という要望をした時に「わかった、気をつける」とか「ごめんね」とか、そういう言葉が返ってきてくる確率が高かったんだけど、悪い状態の時はまず顔つきが変わって、いきなり反撃態勢に入ったのが分かる。そして「そんなつもりはなかった」とか「それは悪かったと思うけどとか「無意識にやってることなんだから仕方ないとかとかとかとか…。全てを攻撃と受け取るのか、ずっとこんな感じの言い訳が続き、さらには自分が優位に立てそうな話題に持っていこうとするので、話がどんどん逸れていくから大変に疲れる

突然ですが、誰かとの関係が良好だなーって思える時ってどんな時だと思いますか?
わたしの場合だけど、例えば何かちょっとしたものをプレゼントしてそれをとっても喜んでくれて、その次に「この間のお返し」って今度はこっちを喜ばせてくれたりするような、いわゆる【お互いの存在に感謝し合え、愛情をストレートに渡し合える関係】であったり、何かお互いの間でうまく回ってないことがあったら素直に「ごめんね」と謝れたり、「わたしそれ言われると気持ちが暗くなるから言わないで」というような相手と自分の受け取り方の違いによる問題にも、「わたしは悪気があったわけでもないし気にならないけど、この人がそう言うなら控えよう」って、【相手の気持ちを思いやって尊重できる関係】がそうなんじゃないかと思う。

じゃあ良好じゃない関係は?っていうと単純にその反対で、何かしてもらっても感謝の言葉も態度も示さない。相手が嫌だということも「自分は気にしないから」と改善しない。悪かったなと思うことがあったとしても自分から働きかけず、相手の反応を待ってやり過ごそうとする。…などというように、思考も行動も全てがものすごく自分本位で且つ受動的になっていて、【相手が何をしてくれているか、したいのか】はまるで見えず【自分が何をしているか、したいのか】のみに注目注力している状態になっているんじゃないかなぁ。
その結果、「何かしてあげても嫌な気持ちになるから、関わるのはやめよう」って大半の人に思われる結果になる確率は相当高い。見返りを求めているわけじゃなくも、そんな態度取られるのは誰だって気分良くないもんね。
一度口から出た言葉や与えた印象はそうそう挽回できない。相手の事を気にしないで行動発言していると、どんどん何かが損なわれていくということに気づいたら、早いうちに改善を試みた方がいいと思う。まぁ、一人で生きていこうと思っているなら別にそれでもいいんだろうけど。

夫はよく「性格は変えられない」って言うんだけど(そもそも性格を改めろと要請したことはない)、変えるのは性格や性質じゃなくて、視点や言動や行動なんかであって、それは誰だって自分次第で今すぐにでも取りかかれることなんだよね。
そのためにはまず自分に興味と疑問を持って、自分の良い状態と悪い状態のそれぞれの時に、相手にどんな印象を与えているのかを分析できるといいんだけどなー…。でも前回の記事で書いたように、そういうのが苦手なタイプの人にとっては一人でやるのは大仕事なので、スポンサーシップってものがあるのでしょうね。

夫の場合はまずはミーティングを再開して現状から脱却するのが第一歩なんでしょうなぁ。
現状を良くするのも悪くするのも、原因は外側じゃなくて内側、自分次第なんだぞ 

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妻その58
 

妻その57 ミーティングの効果について

我が家の異常事態が発覚した日から、もうじき丸3年が経つ。

夫は本当に真面目にミーティングに通っていて、このところじわじわと、なんというか人間性に厚みが出てきたように日々接している身としては感じていた。
で、昨年1ヶ月の海外出張に2度行ったのだけど、まぁ当然のようにその間はミーティングに行けないんだけど、そうするとなんていうか…帰国してきて「なんか嫌な感じ…」っていう印象を受けたのです。
理由としては明白に、その間ミーティングに行かなかったから。であろうと。
この件で「ミーティングの力ってすごい」と思うのと同時に、「なんでこんなに顕著に違いが出るんだろう」っていう疑問が湧いたので、考察してみようかなー。っていう記事です。

そもそもミーティングで人の話を聞いているだけでなんで効果があるんだろう??というのが疑問だったんだけど、おそらくはみんな【客観的に自分を見ることが出来た】からなのでしょう。
夫も言っていたけど「あれ…?これ、俺の話なんじゃないの…?」とドキリとするくらいみんな「あるよねー」っていう話をするらしい。
多分なんだけど、当事者の皆様は【自分だけでは内観できない状態】もしくは【そういうことが苦手なタイプ】の人が多いのではないかな。と。
自分一人だけでは、客観的に自分を見ることはできないけど、まったく知らない人の体験談として自分の現状を聞くことで面白いくらいにすんなりと腑に落ちる。という事なんじゃなかろうか。これが【気づき】と呼ばれている現象なんだろう。
きっと普段はそういうことを考えるきっかけがないんだけど、ミーティングで人の話を聞いて「ああ。そうだなぁ」とか「ちょっと違うな。自分はこうだなぁ」とか、【自分の事を考えるきっかけが出来る】っていうのがものすごく大きいんだと思う。そしてただ聞くだけじゃなくて、それをその場ですぐに言葉にして出力するっていうのがより効果があるんだろう。

家族側にとっては、【自分だけ、もしくは自分の家族だけがおかしい状態】だと思っていたら、これまたみんな「お馴染みの」みたいな話が続々飛び出してきて「ああ、なんだ!あたしだけじゃないんだ!!」と感じる事によって色々と力や活力を取り戻していけるのかな。

面白いなー。と思うのは(この考察によると)、当事者側は人の話を聞く事に効果があって、家族側は自分の話を聞いてもらうことに効果があるってこと。
相手の話を聞く。自分の考えを伝える。ってことが何より大事なんだよね。もちろん自分本位の意見だけでなくて、チームとしてどういう行動や考えを共有するのがベストなのか。がベースじゃないとダメだと思うけど。
どんな関係性でもコミュニケーションがうまく取れていないことで悲劇が生まれると常々思っているので、なるほどねー。と個人的には納得できてしまった。

そんな大事なミーティングも、地域によっては会場自体が近くにない。だとか、自分の活動できる範囲や時間で開催されていない。なんて嘆きをツイッターで時々お見かけするのだけど、上記の目的が達成できるならばオンラインミーティングでもいいんじゃないのかしら。
実際に顔を合わせないとそういう話をしたくない。という方もいると思うけど、この取り組みが導入された頃とは時代が違うので、実際に足を運ばないといけないということもないのではないかな。と思う。

方法はなんだっていいから、とにかく人に話す、人の話を聞く。っていう事をしたら、少しずつ何かが変わってくると思うので、まずは一歩を踏み出してみるときっと道は拓けると思う

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 妻その57

夫その34 素直

正直に生きるとか素直になるとか、そういうことが大事だと言われます。
でも自分に正直に生きることは好き放題に生きることとは違います。
嫌なことでも必要があればやらないといけないし、
好きなことでも絶対に無駄になるならやらないほうがいいこともある。

自分に素直になった結果、好きにやってます。
ということにならないようにすることがとても大事なんだと思います。

思えば仕事人間の自分は、仕事では絶対にそんなことにはならない自信がある。
嫌なことでも必要があればどんなことでもやるし、
普段の生活とは逆の考えをしていることが多い。

仕事では簡単にできるのに生活ではできない。
それはなぜか。
なんとなくだけど
「目に見えるメリット(報酬)がない、少ない」からのような気がする。
仕事だと給料もらってるからと思えるけど、普段の生活では報酬(お金)なんてないからね。
お金とか物とか、利益みたいなもの以外の得られるものを見てないからそう考えるのかなと。
物じゃなく感謝とかの気持ちとか、そういうことが大事なのにね。

そこに気づいて行動できれば何かが変わっていく気がする。
自然にできるようになる日がくるのかどうか。
生き辛さが消えていくのに必要なことですね。


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 夫その34
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